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プジョーが歩んだ自動車の歴史

プジョーの歴史は古く、記録を辿ると15世紀の記録にも既に登場しています。
こちらでは、プジョーがどのようにして今日に至るまで世界で知られる自動車メーカーになったのかをご紹介致します。

農業から工業へ

15世紀のフランスでは主な産業が農業であったため、当時のプジョー家も農業を行なっていました。しかし、1734年に生まれたジャン=ピエール・プジョー氏によって工業に転じ、自転車・コーヒーミル・家庭用品・鼻眼鏡・鋸の刃・ミシンなど様々な道具を生み出していきました。

そして1889年にプジョーの名を持った自動車である蒸気三輪車「セルポレ・プジョー」が、アルマン・プジョーとレオン・セルポレによって開発されたのです。

自動車の開発

自動車の開発

蒸気三輪車を開発したひとりであるアルマン・プジョーは、1890年に蒸気での自動車生産を諦め、ガソリンエンジンを搭載したプジョー初のガソリン四輪自動車である「Type 2」を開発します。

これに様々な改良を加えながら購買用の「Type 3」、二人乗りである「Type 5」、対面シートを搭載した「Type 9ビザビ」、クローズ型ワゴンである「Type 12」と、次々に新型の自動車を開発していきました。

そして、1904年から第一次世界大戦まで、エンジンの変化やホイール・フロントボンネット・チェーン変速機などの採用を行ないながら、毎年新しいラインナップを発表しました。

大衆化に向けて

大衆化に向けて

第一次世界大戦後、プジョーは自動車の大衆化に向けて、1921年に経済性に優れた「クアドリレット(Type 161)」の生産を始めます。

また、1929年になるとプジョーの伝統となっている、3桁の真ん中を0にしたネーミングである「201」が発表されます。

この201と1932年に発売した「301」によって経済恐慌を乗り切り、エアロダイナミックボディや格納式ルーフなど、様々な革新的な技術を開発しました。

しかし、第二次世界大戦が始まると、工場が爆撃され従業員が強制移送されるなど、大きな被害を受けます。

世界的な自動車メーカーへと成長

世界的な自動車メーカーへと成長

第二次世界大戦の被害を受けつつも1948年に全てを一新し、プジョー初のモノコックボディを採用した「203」を発表して再出発を果たします。

203の発表以来、ディーゼルエンジンの搭載や前輪駆動車の生産など、技術・デザイン性で進化を続けました。

1984年になるとスポーティなデザインと運転性能を持った「205 GTI」の発表によって、モータースポーツファンをも魅了し、世界的な自動車メーカーへと発展していきます。

そして、1990年に自動車生産100周年を迎えた後も、世界初の電気自動車の実地トライアルやディーゼルエンジンへの微粒子フィルターの装着などの技術革新に挑み、更なる発展を遂げています。

オートパル上伊那では長野県伊那北部南部エリア、伊那市、駒ヶ根市と幅広く店舗展開して輸入車販売を行なっております。輸入車販売ではプジョー・ルノーシトロエンフォードを取扱っております。
お客様の用途、予算に合わせたお車をご提案させていただきますので、長野県で輸入車販売を行なっている販売店をお探しでしたら、オートパル上伊那をご利用ください。

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