
いつかの鉄道少年 PARTⅡ
こんにちは。
オートパル南部店の赤羽です。
前回2025年11月の私のブログ「いつかの鉄道少年」、今回はその続編として、私が飯田線「撮り鉄」だった昭和50年代の沿線の風景を少しだけ…懐かしい写真を現在の様子と一緒に見ていきたいと思います。

まず最初の(1)の写真
上下ほぼ同じ駒ヶ根駅の南の場所で撮影した、飯田方面へ向かう普通列車です。
上は昭和55年頃で、右の建物が当時あった竜水社です。
そして下の写真が現在です。竜水社があった場所にはJA上伊那駒ヶ根支所が建ち、道路も整備され歩道も設置されました。

次の写真(2)
(1)と同じ場所から反対の南方向を見た感じです。
左は旧伊南農協の体育館、その向こうのモダンな建物は須田医院でしょうか?右は当時月極駐車場でしたが5階建てのアパートが建ちました。
懐かしい光景です。

(3)上は当時の田切駅の駅舎です(列車の中から撮影)。
一見普通の民家ですが、ここのお家は国鉄から業務委託されていて建物の左に待合室がありそこに切符売り場の窓口がありました。
昭和46年頃まで切符を売っていたとのことです。
現在の田切駅はここの場所から南に約100mの場所に昭和59年に移設されました。
そして現在です。(下)
民間と併設した駅舎は解体されプラットホームも撤去、この写真からここの場所に駅があったという遺構すらうかがい知ることはできません。

(4)昭和53年頃に撮影
旧田切駅を通過していく2両編成の荷物電車

今回のラストです。
七久保駅で下車した下校する高校生達の集団です。昭和53年頃なので高校生は私より2~5年上の方達だと思われます。
あれから48年~
皆さんどうぞお元気で!





